今から約千二百年前、京都に都が移されました。
そしてその約百年後、都の西のはずれに、ひとつのお寺が開かれました。 それが文徳天皇の后である染殿皇后の持仏であった地蔵菩薩像を本尊とする地蔵院安胎寺です。 この地蔵菩薩像は文徳天皇と染殿皇后に皇子(清和天皇)がお生まれになるときにお地蔵様に安産祈願をされ、無事にお生まれになった感謝の心で慈覚大師に尊像を彫らせ、皇后が終生、御所で祀っておられたものであることから、古くより 安産のお地蔵様として信仰を集めてまいりました。 また、平成十四年には開基千百年を迎えることから、老朽化した旧本堂に代わる新しい本堂、書院を檀信徒のご協力のもと建築し、約八年に渡る改築事業の総決算としての落慶法要を平成十二年四月に勤めることができました。
安産祈願というと、よく神社にお詣りになる方が多いようですが、お地蔵様は昔から子供達を守って下さる仏さまとして広く信仰されてきました。京都ではお地蔵様の信仰は深く、各町内ごとにお地蔵様が祀られており、地蔵盆には子供達を集めて楽しい催し物をしたり、市内の六ヶ所のお地蔵様をお詣りして回る六地蔵巡りなど、お地蔵様に関わる行事がたくさんあります。 そのお地蔵様の御守護をいただき、無事安産できるようにとお寺へもお詣りするものです。
また、無事安産できれば、その後もお地蔵様の御守護をいただけ、きっと子供達も健やかに成長されることでしょう。
住職 吉水孝志
(修復後)
(修復前)
本堂の前の庭に椅子のような形をした石があります。
お寺の前に細い道がありますが、これが昔の西国街道であったようです。 そして、 この道を少し先へ行くと桂川にでます。 西国街道、山陰道へ行くにはここを渡らなければならず、またこの川の対岸には桂離宮があります。 高貴な方が渡られる場合は渡し船で渡られる為、その準備をする間、すぐ近くにある安胎寺でお休みになったようです。 その時にお座りになったのがこの石だと言われています。 実際に座ってみると、見た目よりもたいへん座り心地の良い石です。